「野球に流れは存在しない」
「流れは錯覚に過ぎない」
野球の流れについて、このような主張を耳にしたことがある方は多いと思います。
しかし、多くの野球ファンや経験者は流れの存在を主張しており、実況・解説でも当たり前のように語られています。
そして、「流れは存在しない」という統計学の主張に対して、反対の声が上がることも少なくありません。
「バント不要論」や「2番打者最強論」といった統計学の知見は広く受け入れられている一方で、なぜ「流れは存在しない」という主張だけは反対の声が多いのでしょうか。
筆者はその原因が、統計学が誤った定義や条件設定でデータを分析しているからだと考えています。
そこでこの記事では、流れの定義を改めて明確にした上で、既存の統計アプローチの誤りを解説し、独自の視点で分析を行います。
流れとは

そもそも流れとはなんでしょうか。
解説者の「流れが良いから良いプレーが出やすい」「流れが悪いから失点しやすい」という発言はよく聞きます。
これらの発言から、流れは選手のパフォーマンスや結果に影響を与えるものといえます。
ピンチをしのいだ、先頭打者に四球を与えたからルールや道具が変わるわけではありません。
変わるとすれば「選手のメンタル」です。
スポーツにおいて、選手のメンタルがパフォーマンスに影響することは広く知られています。
そこで本記事では、流れを選手のメンタルの変化によって生じる優位性・劣位性と定義します。
統計学の誤り

統計学は「ピンチの後にチャンスあり」や「先頭打者の四球は流れを悪くする」といった流れに関する通説を検証して、流れの存在を否定しています。
その検証が受け入れられないのは、統計学が通説の「真意」を理解していないことに原因があります。
ピンチの後にチャンスあり
流れが選手のメンタルによって生じる場合、この通説は「ピンチを脱したことによる成功体験や緊張からの解放が、その後の選手のパフォーマンスに良い影響を与える」と推測できます。
著書「野球人の錯覚」では、ピンチをしのいだ場合と失点した場合の次のイニングの得点率を比較し、変化がないとしています。
このデータの問題点は、ピンチを得点圏に走者がいる状態と定義している点です。
それでは「点差」「イニング」「走者」という観点が抜け落ちています。
同じ「得点圏」であっても、その内実は大きく異なります。
- 点差の観点:同点の場面と10点リードしている場面では、同じピンチでもプレッシャーのかかり方が異なる
- イニングの観点:初回の1点許容の場面と最終回のサヨナラのピンチでは、同じピンチでもプレッシャーのかかり方が異なる
- 走者の観点:二死2塁と無死満塁では、アウトカウントと走者の数が異なる
これらの問題点を無視して1つのピンチとして扱っているため、データに説得力がありません。
「ピンチの後にチャンスあり」を否定している主張として、他にも以下の記事では、「無死満塁での失点数と次イニングでの得点数の関係」を紹介しています。

このデータは「ピンチの後にチャンスあり」を文字通りに解釈しています。しかし「前の回のピンチで失点が少なかったら次の回の得点数が増える」という主張は一般的ではありません。(少なくとも筆者は聞いたことがありません)
メンタルの変化を原因として流れを検証するのであれば、失点数ではなく、失点の有無に焦点を当てる必要があります。
他にも「先頭打者の四死球は流れを悪くする」など流れに関する通説の検証が行われていますが、いずれも通説の真意を理解していないため、野球ファンや野球関係者に理解されないと考えられます。
ホットハンド
流れの存在を議論する際に引き合いに出されるのが、ホットハンドの誤謬です。
これはバスケットボールのシュート成功率に関する研究から、「連続して成功している選手(ホットハンド)が次も成功する確率は、統計的には変わらない」としたもので、スポーツにおける流れの否定材料として有名です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ホットハンドの誤謬
しかし、この理論をそのまま野球に当てはめることには疑問が残ります。
なぜなら、バスケと野球ではスポーツとしての性質が根本的に異なるからです。
文部科学省の指導要領では、バスケは「ゴール型」、野球は「ベースボール型」として明確に区分されています。
最大の違いは「プレーの流動性」です。バスケは流動的にプレーが進むのに対し、野球はプレーごとに試合が止まります。
プレーが止まっている時間は、選手にとって「思考する時間」です。
思考する時間が長いということは、それだけ不安・プレッシャーによるメンタルの変化があり、パフォーマンスへの影響が大きくなると推測できます。
そして「ゴール型」「ネット型」の他に「ベースボール型」と分けられているように、野球は他のどのスポーツとも性質が異なります。強いて言うならばサッカーのPK戦のようなものです。
これだけ性質が異なるため、「他競技で流れが存在しないから、野球にも存在しない」と結論づけるのは早計であり、納得感に欠ける主張です。
独自分析

統計学が野球の流れを正確に検証できていない理由を解説しました。
そこで、より実態に則した分析を独自に行います。
著書「野球人の錯覚」の分析では、チャンスを逃した次のイニングの失点確率を調べています。
本記事ではピンチをしのいだ次のイニングの得点確率として進めます。
※わかりやすく逆にしていますが、攻守の視点を入れ替えているだけで分析に影響はありません。
この分析ではピンチを得点圏にランナーがいる状態と定義しており、「点差」「イニング」「走者」の観点で不適切と述べました。
そこで、このピンチの定義を見直し、「ピンチの後にチャンスあり」を再検証します。
対象は2021年〜2024年の春・夏の甲子園のデータを使用します。
今回ピンチの定義に使う指標は「leverage index」です。この指標は「点差」「イニング」「アウトカウント・走者の数」を基に場面の重要度を表します。
詳しくは以下の記事をご覧ください。

そして、守備時のleverage indexが3.0以上の場面をピンチと定義し、ピンチをしのいだ次のイニングの得点率を調べます。その結果が以下になります。
ピンチをしのいだ次のイニングの得点確率
| 得点確率 | |
| 全体平均 | 24.9% |
| ピンチをしのいだ次のイニング | 27.7% |
著書「野球人の錯覚」には、ピンチを得点圏にランナーがいる状態と定義した場合、全体平均とピンチをしのいだ次のイニングの得点確率は全く同じ(26.4%)とありました。
一方で、今回の独自分析でピンチをleverage indexが3.0以上の場面と定義した場合、得点確率の上昇が見られました。
しかし、得点確率はあまり使用される指標ではなく、2.8%の差がどれほどかイメージできません。
そこで、ピンチをしのいだ次のイニングの出塁率についても調べました。その結果が以下になります。
ピンチをしのいだ次のイニングの出塁率
| 出塁率 | |
| 全体平均 | .336 |
| ピンチをしのいだ次のイニング (leverage index) | .373 |
| ピンチをしのいだ次のイニング (得点圏) | .332 |
ピンチをleverage indexが3.0以上の場面と定義した場合の出塁率は、全体平均と比較して3分7厘高くなっています。
2025年度のパ・リーグ出塁率1位のソフトバンクが「.323」、6位の西武が「.289」でその差は3分4厘です。
それを踏まえると3分7厘の差はかなり大きい差と言えそうです。
ちなみに、ピンチを得点圏にランナーがいる状態と定義した場合の出塁率も調べましたが、得点確率と同様に全体平均と比較してあまり変化は見られませんでした。
結果
この結果で流れの存在を主張することはできませんが、統計学の主張を見直すきっかけにはなるはずです。
また、本記事では流れを選手のメンタルの変化としていますが、メンタルの変化を統計学で正確に分析するには限界があります。(選手のメンタルを正確に数値化する方法が今後出てくれば別ですが)
そのため、曖昧な統計学の分析よりも長年野球をプレーした解説者や野球ファンの直感のほうが正しいということも考えられます。
どちらにしろ、流れの存在有無について、明確な答えが出るのはまだまだ先になりそうです。
まとめ

今回は流れについて、統計学の主張が抱える課題を解説しました。
記事の内容をまとめると以下のようになります。
流れの存在 まとめ
- 流れの原因として考えられるのは選手のメンタルの変化
- 統計学の分析は野球の実態を反映していない
- 野球は他のスポーツと性質が異なる
- 現状では統計学より野球関係者の直感のほうが正しい可能性もありうる
統計学で流れを検証するには、現状の分析では不十分で、様々な要素を考慮する必要があります。
また、流れを選手のメンタルの変化が原因とした場合、メンタルの変化は数値化できないため、統計で分析するのは難しいです。
そのため、統計学のデータよりも長年野球をプレーした解説者や野球ファンの直感が正しいということも十分に考えられます。

統計学の主張は絶対正しいと思い込むのではなく、分析の内容をもとに自身で判断することが重要になります。

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